ギークカアチャン

エンジニアとカアチャンの隙間に

40週と4日(出産当日)

午後8時頃に2676gで女の子が産まれました。

 

その2日前におしるしがきたあと、軽くお腹痛くてこれが前駆陣痛?それとも陣痛?と思っていました。ほら前駆陣痛だと1ヶ月間続く人もいるらしいですし。でも1日前の深夜から痛みが強くなってきました。陣痛が10分間隔になったら病院にくるように言われていたのですが、まだ20分おきの痛みでした。うなりながらうとうとしてそのまま夜を明かしました。

 

陣痛の際は気を紛らわすために、Twitterやったり、ロマンポランスキー監督の映画のあらすじをWikipediaで追ったり、陣痛を記録せねばと思いGoogle Playで陣痛記録用のアプリを探したりしてました。ちなみにいくつかAndroidアプリありましたが使いやすかったのはコレでした。この陣痛時計はワンクリックで記録できるのでとても便利でした。他のはベネッセが出してたり助産師さん監修のものがあったりしましたが、記録するために入力する項目が多くて正直陣痛に耐えてるような辛い時には使えなかった。ここでもAndroidアプリは個人開発者のアプリの方が便利という法則を裏切らなかったです。

 

朝病院へ連絡してタクシーで病院へ。まだ10分間隔ではなかったのですが、病院ついて調べてもらったら子宮口が4cmに開いているということでそのまま入院となりました。立会出産希望なので夫さんに連絡。

 

病院へ到着すると、下記のような機械を取り付けられました。子供の心拍数を監視する装置です。 陣痛の強弱も分かりますが、ベースラインが揺れるので陣痛についてはまあ参考程度といった感じ。

 

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思ったより子宮口が開くのが早かったので夫さんの到着は間に合わないかなあと思ってたのですが、そこからが全く進まない。陣痛の痛みは増すものの痛みの間隔は全然縮まらないので、腰を押してもらいながら助産師さんと世間話しながら待ってました。助産師さんの予想では「日付変わる前か翌日ぐらい出産じゃないかしら」とのこと。なので出された昼ご飯をむしゃりました。

 

夫さんが到着したら腰を押すのを交代してもらって陣痛の度に押してもらってたのですが、痛みの間隔は全然縮まらない(しかし痛みは増す)。低い声でうなりながら時間をやり過ごしてました。

 

助産師さんのすすめもあって、院内フロアを歩いてみました。距離にして数十メートルあるいたところ陣痛が急に4回もきだして効果てきめんでした。気分も悪くなってやっと便意のようなもの(産まれる間際のサインらしい)も来て痛みも尋常じゃなくなってきたのですが、この局面において助産師さんは晩ご飯をだしてきて食べろといいます。正直この助産師さんには殺意を覚えたのですが大人なのでぐっとこらえ、吐き気がするので食べれないと拒否し、かわり夫さんがむしゃってました。うまかったそうです。

 

そうこうしてるうちに痛みはまし、助産師さんが気づく程度にはうなり声も大きくあげてみるものの全く誰もこなくて、私もだんだん殺気立ち、助産師あとで殺すと何度も思いながらも、私も大人なので助産師さんがくるまで耐えてました。

 

助産師さんがやっときて「まだと思いますけど…」とかぬかしながら子宮口を調べたらもう9cmも開いていて「ほれみたことか!」と思ったのですが大人なので黙っていました。「分娩室に移動しましょう。さあ歩いて。」といわれ、さすがに「歩けない!」「出る!」といいましたが、まあ取り合ってもらえません。口にはしませんでしたが、助産師いますぐ殺したいと何度も思いながら必死で陣痛の隙間に歩いて移動しました。

 

分娩室に移動し分娩台にのって内診するともう全開(10cm)でした。慌ただしく分娩の準備がなされていきます。運がよかったのはこの時間の分娩は私だけだったということで、スタッフも人数が多く準備が早く終わったことです。分娩台にのってすぐ、破水させるためにおなかに力を入れました。お腹のなかのバランスボールのようなものがボンっと破裂した感触がありました。自然破水。

 

そこからが早かった。いきんだのは4〜5回程度だったと思いますがもう当時パニクってて記憶がすっ飛んでます。途中、会陰切開もしたと思うのですが感触とかは全然なかったです。「頭が出てるよ!見える?」とか言われましたが「んなもん見えるか!」と心の中で助産師さんを罵倒しながらいきみました。体感では1〜2時間いきんでたような記憶でしたが、分娩室にきて賞味20分程度でずるりと紫色の小さい赤子が産まれました。それみて、あー終わったんだと思いました。赤子はドラマのように泣き続けることもなく「おぎゃー!…おぎゃ…(消え入る感じ)」一言で終わりました。おもわず「泣いてない?」と確認しましたが助産師さんは大丈夫だよと言われました。

 

そういやこのとき夫さんは何してたんだろう…。終わったあとに顔をさすさすなでられて何か言われたのは覚えています。あとで聞くとお疲れさまといっていたようです。

 

私は放心状態でしたが、赤子はすぐに胸にだかせてもらえました。全身が赤紫色で所々血が付いていました。顔をみるとほんとにガッツ石松に似ていました。目を見たら一重だったので「あー一重だ…」と。なんで一重かどうか確認したのか今となっては分かりません。生温い我が子を抱いてみたものの、意外と母性はなかったのでちょっと自分が心配になりました。ただ赤子の湿った息が私の肌にかかる感触がリアルでした。

 

妊娠中は、見るもの触れるものにすべて、霧の中にいたような一枚ベールがかかっていた感じでした。 それが徐々に霧が晴れていく感じがしました。

 

その後、検査のため赤子は取り上げられ、その間、分娩台にのったままで会陰の縫合を行いました。これが20分ぐらいかかってたように思います。あまりに長かったのでまだ終わらないか2回ぐらい聞いたぐらいです。もしかしたら裂けてしまったのかもと思いながらもこわくて聞けませんでした。壁にかかってるデジタル時計だけ見てました。

 

縫合も終わり、台からおりたとき、全身の筋肉がバカになっていました。このとき夜の9時近く。

 

その後2時間ほど回復室で寝ていました。夫とガッツも一緒です。さっきの生ものっぽかったガッツは綺麗にされてすやすや寝ていました。私に似た長い指の手をしていて、その小ささを見いってました。その後、両親も到着してガッツを見ていきました。

 

助産師さんがきて、入院中の生活について説明を述べたあと、書類にサインするようにいってきました。疲労がすごすぎて内容を理解できる状態じゃなかったので、助産師さんこんなのあとにしてよ…と思いましたが、大人なので言われるがままサインしました。

 

出産の最中は脳内でさんざん助産師さんdisりましたが、なんだかんだ感謝しています。冷静なおかげで私も必要以上にパニクらずちゃんといきめたりしましたので。逆に怒りのパワーでなんとか出産をのりきった気がします。男性医師らなどは会陰切開と縫合ぐらいでほとんど何もしてなかったので、もっとイラッとしてました。

 

あっという間に親子水入らずの時は過ぎ、子は預かってもらい私一人入院の部屋にもどりました。11時前でした。入院病棟のフロアから通天閣のライトアップが見えました。

 

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トイレと水の摂取についての説明を受けたあと、ベッドに寝かされました。しかし、興奮して全然寝付けません。お腹も空いていて晩ご飯食べればよかったなあと思いつつ、ウトウトするだけでほとんど寝れませんでした。通天閣のライトアップのこととガッツのことだけ考えてました。

 

 

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